まず、最初に最後のことを考えるのです。ラストシーンを最初に描くのです。
結局どうするかが決まると、さてどうするかと始まりの場面が自然に決まります。終着点、目的地をまず最初に定めて、そのあとで、そこへ到達するための手段を考えます。

イベント会場の案内板の前で、まず自分の現在地の確認をして、それから目的地を見つけるでしょう。最後に、その目的地までどんな順路をたどるか検討するはずです。旅行でも同じです。まず行き先を決めて、それからバスか、電車か、飛行機かと考えます。交通手段から先に決めることはしないでしょう。


人生においてはどうでしょう。

目的地も到達点も定めないまま、何に乗ってみたいかと交通手段ばかりに気を取られていませんか。

最初に最後のことを考えるのです。最後の到達点に立っている自分の姿を、あらかじめこころに鮮やかに描くことです。途中がどうであれ、結局はこのラストシーンにつながっていけば良いんだと、短絡的に考えるのです。そう思い込んでしまうのです。


それでも、もし失敗したらどうしよう、と不安になるものです。

そこで、次の手です。「最悪の事態を想定して、最善の手を打つ」のです。

一見、消極的ですが、最悪の事態を想定するという姿勢は、とても強気になれるものです。どんなに悪くても、想定したそれ以上には悪くならないのですから、あとは限りない希望を持って強気に押していくことができます。これほどのプラス思考はないでしょう。


結局どうする。さて、どうする。どうすると、見極め、自分自身に決意を迫ることから、いきいきと生きる、ほんとうの人生がはじまっているのです。


HMU 達弥西心